自分のことをちゃんとメンテナンスしてあげる。忙しいときほど、自分を大切に。

80年代を代表するイラストレーターとして、独自の地位を確立する永井博氏。ここ数年再び注目を集め、当時のファンのみならず、若い世代からの支持も厚く、その人気は不動のものとなっています。「4711ポーチュガル」の作画を手掛けていただく永井氏に、今もなおキャンバスに向かい続ける原動力や人気の秘密、そして今後についてお話をうかがいました。

HIROSHI NAGAI永井 博
1947年12月22日生まれ。徳島県出身。グラフィックデザイナーを経て、1976年よりイラストレーターとして活躍。大瀧詠一の「A LONG VACATION」「NIAGARA SONG BOOK」などのジャケットに代表される、トロピカルでクリアな風景イラストレーションを得意とする。レコード/CDジャケットをはじめ広告、アパレル企業とのコラボレーションなど活躍は多岐に渡る。2017年7月「Time goes by…」復刊、2019年7月「CONTRAST」出版そして2022年7月には建築作品に焦点を当てた「TROPICAL MODERN」を刊行。日本全国で展覧会を開催するなど精力的に活動。

人生を変えたアメリカの風景。

永井さんには、「4711ポーチュガル」の広告ビジュアルを作画いただきました。
イメージにぴったりのイラストをありがとうございます。

ポーチュガルは、僕のイラストとも親和性があって、楽しみながら描かせていただきました。昔は広告のお仕事で、お酒のボトルなども描いていたのですが、最近は風景が多く、商品を描くのは久しぶり。それも新鮮でした。

長らく第一線でご活躍される永井さんですが、デビューのきっかけを教えてください。

僕は、もともとグラフィックデザイナーだったんです。挿絵などは描いていましたが、本格的にイラストレーターに転身したのは70年代後半です。73年に友達と一緒にアメリカを40日間、サンフランシスコからニューヨークまで旅したのですが、その時のアメリカの、主に西海岸のリアルな風景を描きたいと思ったのが始まりです。

アメリカの西海岸が原点なんですね。

強い日差しと青い海、空、真っ黒な影に惹かれて、若い頃はLAを中心に西海岸へよく行きました。その後はハワイへ。最初は「ハワイなんて観光地でしょ?」と、ちょっとバカにしていましたが、CMの仕事で行ったらとても気に入って、その後何度も、家族を連れて行きました。最近はコロナの影響もあって、海外へ行くのもなかなか難しいですが。

どんな仕事も、自分に返ってくる。

また気軽に海外旅行できる日が待ち遠しいです。
ところで、絵を描くときに、大切にしていることはありますか?

「マジメに」ということでしょうか。80〜90年代を振り返ると、自分自身も若く、またバブルの浮き足立った時代ということもあり、少しいい加減だったと思います。「新しいお店がオープンした」と聞けば友達と一緒に出かけて、仕事を後回しにすることも度々ありました。そんなスタンスだったのでだんだんと仕事も減り、それじゃまずいと心を入れ替えました。

永井さんにもそういう時代があったんですね。

2000年頃に大きな展覧会をやったんです。その時初めて自分の絵を販売して気がつきました。雑誌などの小さな仕事も、原画をきちんと描けば、展覧会で展示や販売ができるんだと。だから雑誌用でも原画は大きく描くようにしたんです。

モチベーションの持って行き方が、勉強になります。

今はマンガみたいなラフなアートも多いですよね。僕は作風もマジメというか、キチッと描くことを大事にしてきました。

これは笑い話なんですが、ときどき、ネットオークションで僕の古い絵を買った人が「本物ですか?」って、聞いてくるんです。自分でも下手くそだなぁと思って「違います」って答えるんだけど、よく見ると僕の作品なんです。マジメに描いていないと、本人でさえ偽物と間違えちゃう(笑)。40代で引っ越したときに、良くない絵は処分したんです。

えっ?なんともったいない。

今はもう製造中止になってしまったキャンバスボードだったので、取っておけば良かったと。画材を洗い流せば、また使えたなぁと後悔しています。

描き込みすぎないカッコ良さ。

するとご自身的には、若い頃よりも現在の作風を気に入っていらっしゃるんですか?

いや、例外はありますが(笑)、30代くらいの作品のほうが良い絵が多いですね。筆が走っているというか。シンプルなモチーフも上手いんです。歳のせいか、今はつい描き込んじゃって。だからときどき自分でも、過去の絵を見返し「昔はこういう風に省略していたんだな」と参考にします。

お仕事の依頼を受けて「これはちょっと(描けないなぁ)」ということはありますか?

気持ちがポジティブにならないといつまでも始められないので、打ち合わせで極力懸念点をなくすようにしています。僕は絵を描くとき写真を参考にしますが、資料を先に用意してもらって、スムーズに描き始められるようにしています。

自分だけのスタイルを創造。

絵を描く際にこだわりはありますか?

必ずオリジナリティを加えています。写真をいくつか組み合わせたり、アレンジしたり。モノクロの写真を参考に、色を創造してのせていきます。誰も見たことのない風景を求め、昔はよく書店巡りをしていました。アメリカの写真集を中心に、古い洋書を探すんです。建築も好きなので、ミッドセンチュリーやドイツのバウハウスの写真集もコレクションしていました。

古いものを大切に、価値を未来へ。

コレクションといえば、レコードのコレクターでもいらっしゃいますよね。

実はイラストレーターへの転身も、レコードをたくさん買うためだったんです。もともとアメリカのソウルミュージックが好きで、昔は年に数回、レコードを買い付けに西海岸へ行っていました。

現在は、何枚くらい持っていらっしゃるんですか?

数えたことはないですが、数万枚はあると思います。過去に一度、レコード屋さんに来てもらって、5,000枚くらい処分したんです。

引き取ってもらえば、また次に楽しんでくれる人につながりますね。
古い写真集もレコードも、物を大切にするだけでなく、カルチャーをつなぐ意味もありますね。
永井さんのイラストしかり、価値あるものは時を経ても色褪せないというか。

でも、作品は変わらなくても、体は年相応に、いろいろ不調が出ています。食事に気をつけるよういわれているので、時間があるときは自炊しています。やっぱり体は大事。健康でないと仕事も続けられないですしね。

ヘアカットは思い切って自分で。

健康以外に気をつけていることはありますか?
ヘアケアやスキンケアについても、教えてください。

そういえば、髪は自分で切っています。昔は行きつけの床屋がありましたが、ある日僕を見て「雑誌に出ていましたね」といわれ恥ずかしくなって足が遠のいてしまったんです。その後は近所の床屋に飛び込みで行ってみましたがイメージ通りにならず、「それなら」と自分で切ったら良い感じになりました。バリカンを使ってひげは6ミリ、サイドと襟足は3ミリに、ところどころハサミでつまんで仕上げます。

さすがアーティスト。器用ですね。

絵と一緒だと思うんです。見た目を整える感覚というか。それに、多少失敗してもパンクかなと思って(笑)。あとは、肌がキレイだとよくいわれます。

たしかにキレイですね。どんなケアをされているんですか?

特に何もしていないんだけど、僕、お酒を飲まないんですよ。タバコも吸わないし。そのおかげかも知れません。逆にいうと、アルコールやタバコって体に悪いんだなぁと感じます。

当たり前ですけど、体に入るものが体を作るんですね。

あと香水は、昔から使っています。アメリカのスーパーマーケットに行って、デザインがかっこいいものを買っていました。ブルーのボトルはつい、手が伸びます。

エコと経済のバランス。

音楽以外に趣味はありますか?

昔は洋服が好きでした。お気に入りのブランドがあって、プレオーダーっていうんですか?シーズン前に写真を見て注文なんてこともしていました。アパレルメーカーと一緒に仕事をすることがありますが、今、若い方はあまり洋服を買わないと聞きました。雑誌も売れないらしいですね。古いものを大切にするのも大事だけど、経済を考えると新しいものを買う行動も必要ですよね。

ファストファッション以外は、厳しいと聞きますね。

たまたま、知り合いが編集したファッション雑誌を見る機会があって、服がすごくカッコよくて、買いたくなりました。紙の本ってやっぱりいいですよね。写真の力もあるけど、イメージが入ってくる。

デジタルばかりじゃ味気ないですし、エコと経済は両立が課題ですね。

新しいスタイルへの挑戦。

今後の予定を、教えてください。

しばらくは展覧会が続くので、その準備に追われています。これまでは、求められるものを描き続けてきましたが、実験的に自分の描きたいものに挑戦しています。最近では、極力描き込みを少なくシンプルにした「Unfinished」というシリーズを発表しました。新しい色の組み合わせも、試しています。これまでの青にこだわらず、色味をグレイッシュに仕上げたピエール・ジャンヌレのスツールも新しい挑戦です。

実は描きかけのキャンバスもたまっています。僕はラフスケッチを描かないんです。アイデアが浮かんだら直接キャンバスへ。でも仕事があると後回しになって、時間が経つと続きが分からなくなってしまって。だからこれからはじっくり、本当に自分が描きたい絵に向き合うプライベートな時間を、少しずつ増やしたいですね。

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